2020年4月3日金曜日

コロナが目の前に

歌うはずだった3月7日の公演日も過ぎ、残務に追われておりました。
今思うと、コロナもまだまだ序の口といった時期でした。

私は、「三部作」が終わって、翌週から4月上旬のオペラ「愛の妙薬」の稽古に入る予定でした。公演があるかどうか気になりながら、楽譜を広げて自分で思い出し稽古をしていましたが、そんな中、やはり公演中止、延期の連絡が入りました。
この頃、ほとんどの公演が、どんどん中止や延期という状態だったので、連絡を頂いた時は、やっぱり・・・という感じでした。スケジュール調査があり、延期日を決めていくとの事でした。

4月のオペラも無くなって、途方に暮れていた所、「三部作」の出演者の一人から電話がかかってきました。「コロナで陽性反応がでた」と・・・衝撃でした。
その方は最後の日の稽古に参加されていました。電話を頂いた日が、その稽古から、ちょうど2週間経った日だったのですが、「保健所で色々聞かれ、オペラの稽古というのが、飛沫感染する可能性が高いので、調査するという事で、代表者の平野さんに保健所から連絡がいきます。」との事でした。
その方は、一度帰宅して、入院する、隔離・・・という状況も聞き、それまで、どこか他人事だったコロナが、一気に目の前に迫ってきたように感じました。

その後、保健所から電話がかかってきました。
「ちょうど2週間経ってるので、皆さん、大丈夫なら問題ないのですが… 2週間の間に発熱や喉の痛みのある方がいるか調査、報告してほしい」との話がありました。

その日に稽古に参加していた人の名前を書き出しました。無事である事を祈るような思いで、 22人の参加者に、順に連絡を取り、健康状態を確認しました。全員、この2週間、健康に問題なく元気でした。本当に本当に良かったです。

そして、公演を中止にして良かったと、心底思いました。あのまま続けていたら、稽古場がクラスターとなり、舞台が感染源になっていたかもしれないと…想像するだけでも恐ろしい思いでした。

2週間経ったら大丈夫と言われても、コロナという得体の知れないウイルス、万が一自分に症状が出ていないだけで、感染しているかもと思うと、それからしばらく、人と会う事も避けていました。

保健所から電話がかかってきたり、身近な人がコロナに感染したり、他の誰かにうつってるかもしれないと心配したり、色んな事が起こり、さすがに参りました。。。



外国で猫にもコロナが発症したと・・・
ノンタンはコロナに負けず元気です!
この春14歳になりました。

2020年4月2日木曜日

「三部作」延期公演

3/7、「三部作」がコロナのために上演出来なくなり、延期、振替公演の日にちを早急に決めなければいけませんでした。会館からは、チケットの払い戻しや他諸々の手続きの都合上、元々の公演日3/7の前、3/5までに振替日を決めて下さいといわれていました。
中止を決めてから1週間しかありませんでした。

オペラは、本当に沢山の人が関わって、出来上がる催しです。会場、オーケストラ、出演者、照明、舞台、衣装、ヘア・メイク、また3作品の上演ということで、出演者の人数もかなりの人数です。各部署、スタッフのスケジュールを合わせていかなければいけません。

先に、会場とオーケストラに半年先頃までの空き日を尋ねていたこともあり、まず候補に上がったのが8月、お盆の週末でした。この日に関しては、交通機関の大変な混雑の時期で、お客様に迷惑がかかり良くないだろうという意見も上がりました。
また、この頃までにコロナが収束しているか分からない、オリンピックもどうなるか分からないし、延期を決めて、また延期となるリスクがあるという意見も出ました。
そんなやり取りをしているうちに、主要キャストのお一人のスケジュールがダメだという連絡もあり、8月という選択肢は無くなりました。

スケジュール調整をしながら、今回かかった経費、損害も具体的に試算し始めました。関わって下さってる方々へ、最低限の謝礼の必要もあります。すでに出費しているお金も沢山ありました。出来上がっている大道具も保管場所の問題があったりと…、明らかに延期公演とは別にかかってしまう経費をざっと計算するだけでも何百万にもなりました。

途方に暮れてる中、今回、協賛金集めで多大なご協力を頂いたONC(大阪灘クラブ)から激励を頂きました。何より強力なサポートに励まされ、とにかく延期日を決めようと進めました。

9月、10月・・と順に進めていっても、なかなかスケジュールが揃うところはありませんでしたが…

調整に調整を重ね、来年2011年4月11日(日)に決まりました。

来年、2021年4月11日(日)
オペラ「三部作」池田アゼリアホール

ぜひぜひ、ご予定をお願い致します。


陶器でできた素敵なティッシュケースを頂きました。
立方体の各面に、公演日、3作品のタイトル、そして私が歌う役名を
入れて下さってました。感激で涙がでました。ありがとうございます。




2020年4月1日水曜日

主催者としての責任

2/26、21:00まで稽古をした後、スタッフ、主要キャストで集まり、コロナの事で3/7の公演をどうするか、という相談が始まりました。

私自身も、もう、延期かなあ・・・という思いで皆さんのご意見をうかがいました。

誰からも、何としてもやろう、やってしまおう、といった声はありませんでした。
逆に、ここで強行してすると、苦情や嫌がらせがくる可能性があるといった声や、万が一、何か起こった場合、どんなにいい内容の公演をしたとしても、そのことに一切触れられることはないまま、やったことを責められ続けることになる。

また、オペラのお客様はご高齢の方が多いです。もし、どなたかが亡くなったりしたら、取り返しがつかない事態になる、後悔しきれないことになるといった声も上がり、3/7は中止という決定に至りました。

同時に、このままやめてしまおうという声はなく、ここまで出来上がっているんだから、ぜひやろうという皆の気持ちも一緒で、延期することに決定しました。本番間近にして、皆の気持ちも一つにまとまり、私自身もこの日の稽古で、皆がより一段と前進した状態を実感していました。

あっという間に時間が過ぎ、話し合いの後、関係者への連絡に追われました。
「また明日!」と別れた出演者全員に、公演の中止、延期のお知らせ、また明日以降の稽古はありませんと一斉メールで連絡を入れたのは夜中でした。
皆に直接、報告、お礼、挨拶も出来なかったことが心残りではありましたが、感傷に浸る間もなく、対応に追われました。

翌日、私自身も個人でチケットを買って頂いていたお客様に連絡を入れました。皆さん、少し前からどうなるのかと気にして下さっていた方も多く、中止と聞いて残念に思いながらも、延期で公演をするという事に喜んで下さいました。
直接お客様と連絡をとっていると、やはり公演はお客様、そして演者、パフォーマンスする人、主催者も、全員が心も身体も健康な状態で開催されなければいけないなあという思いが、より一層強まりました。

何のために歌うのか、誰のために歌うのか、何を目的とした公演なのか、常々考える事はあるのですが、ここまで切実に、真剣に考えさせられたことはなかったように思います。
また、主催者という立場、責任ということを実感しました。

自分が「中止します」と決定したら、それまで当たり前のように行っていた稽古が無くなり、当然のように迎えていた本番も、本当にあっけなく無くなってしまうのです。私が「続行します」といえば、開催することになるのです。

何か起これば、出演者、関係者だけでなく、1000人のお客様、そしてそれぞれのご家族にも影響を及ぼします。そして、出演者、スタッフの築き上げてきた歴史にも傷をつけてしまいます。
主催者というのは、その責任を負う覚悟を持って、色々を判断し、進めていかなければならないということを改めて強く実感しました。

アゼリアホールの写真です。どのお席からも舞台がよく見えます!


2020年3月31日火曜日

イベントの自粛要請

2月4週目、「三部作」もいよいよ佳境を迎え、連日の稽古で、テレビなど見る時間もありませんでした。ネットニュースでコロナの状況をチェックしながら、相変わらず、家と稽古場の往復をしていました。コロナの事が深刻になり始め、毎日、出来るかな。。。 中止かな。。。 出来る? やろう! など、頭の中で色んな思いがぐるぐると回っていました。他の団体の公演の中止、開催などの情報も気にしながら、最終的にはやるしかない!という思考に行きつき、稽古、準備に励んでおりました。

そして、忘れもしない2月26日です。
午前中、ホールに電話を入れ、コロナで公演ができるかどうか?会館での他の催しがどうなってるかを尋ねました。
やはりホールは、「財団のものはやっていますので、やるという事でいきましょう!」とお話頂き、何とかなるかな・・・と思いながら稽古へ出かける準備をしていました。

ちょうど家を出る直前、お昼すぎに、童謡コーラス事務所の代表、うえたく先生から電話がかかってきました。童謡コーラスさんには、稽古場を提供頂き、また宣伝、広報、チケット販売にも多大にご協力を頂いていました。オペラを主催するにあたり、大掛かりなイベントをするにあたって、色々相談にのって頂き、沢山のアドヴァイスも頂いていました。
「さっきの安倍総理の会見、見た? 三部作、公演が出来なくなる可能性もでてくると思うから、そのつもりで動き始めた方がいいよ。今すぐに、ホールとオーケストラに連絡をして、先の予定、空いている日にちを聞いておいた方がいい。」との連絡を頂きました。

その電話で安倍総理の会見を知りました。全国のイベントの自粛要請です。
この翌日には、全国の学校の一斉休校が発表されました。

すぐに、ホールとオーケストラのマネージャーに電話を入れ、3/7の中止、延期の可能性がでてきてるので、4月以降で空いている日にち、公演ができる可能性がある日にちを挙げて頂くようにお願いをしました。それぞれメールで連絡を下さることになり、稽古に出かけました。

稽古に行く途中には、出演者の江原さんからも連絡を頂きました。
今、東京でお仕事、収録を終え、これから新幹線に乗るんだけど、今日の稽古あるよね?
と、やはりお昼の安倍総理の会見を受け、心配されて連絡を下さいました。

もう、皆さん稽古場に向かっている時間だし、今日はやるという事で進めてます。
今後の方針、また相談させて下さいとお伝えすると、
「分かった!とりあえず行くわ!」とおっしゃられ、大阪に向かって下さいました。

色々思う中で、お昼の稽古が終わりました。
夜の稽古が始まるまでの休憩時間、ちょうどその時にホールから電話が入りました。
お昼以降、安倍総理大臣の会見以降、「オペラはあるのか?」「延期をしてほしい」との問い合わせ、要望の電話が相次ぎ、対応に追われているとのこと。
この状況をみて、延期するようにして下さいというお願いの連絡でした。会館も朝話していた時と全く違う様子でした。安倍総理の会見後、色んな流れが一気に変わったように思います。

また、稽古に来ているメンバーの一人に、関西歌劇団所属の歌い手さんがいました。3月1日に「関西歌劇団70周年記念コンサート」という、団をあげての大きなコンサートが控えていましたが、さっき中止、延期に決まったと話してくれました。

稽古後に、関係者、主要メンバーに集まって頂くことにして、夜の稽古が始まりました。

夜の稽古から参加予定だった江原さんも加わり、「ジャンニ・スキッキ」の稽古が始まりました。
「ジャンニ・スキッキ」は、私の出番が少なく、皆の稽古を沢山見る事が出来ます。
皆のパフォーマンスが素晴らしく、楽しくて、面白くて、感動して、コロナの事も忘れる時間でした。

あっという間に夜の稽古も終わり、スタッフさんから「明日の稽古場もここです!」とアナウンスがあり、「また明日!」と皆と別れました。
この日が最後の稽古になったのですが、この後の話し合いで最終決定するまでは、皆にお知らせをすることが出来ずに皆と別れました。 


2020年3月30日月曜日

「三部作」怒涛の2月

約2年前から計画していたオペラ「三部作」ですが、実際にキャスト、スタッフが集まり、昨年の11月から音楽稽古が始まりました。
ありがたいことに早々にチケットも完売し、2月からは立ち稽古が始まりました。
演目も3作品、キャストも多く、皆さんのスケジュールを合わせて稽古を組むことも大変でした。私自身も、3作品、頭を切り替えて3役に取り組んでおりました。

信頼するキャスト、スタッフの皆さんと一緒にプッチーニの作品に取り組みました。
沢山の人数で一つの作品に取り組むこと、ワンチームで大きな船に乗り、本番という到着地に向かって進んでいく作業、稽古の時間が私は大好きです。
作品の事を考え、自分が演じる役の事を考え、共演者の役の事を考え、どう歌って、どう表現してお客さんに聴いて頂くか、観て頂くかという事を考え、歌い、演じる稽古をする時間が大好きです。オペラをする醍醐味だと思います。

そんな充実した時間をすごしていた最中、2月に入って間もなくして、「コロナ」のことが、ちらほら聞こえ始めました。

2月の2週目に入り、キャストの数人から、「明日の本番がコロナで中止になった」「今週の本番がコロナで中止になった」と、間近で、コロナのために本番が流れていることを聞くようになりました。

アゼリアホールへ連絡をして、会館の様子を聞きました。「財団主催の公演は基本的にやっています。鳥インフルエンザやサーズで、他の会館が公演を中止している時も、うちは公演をしてきました。大阪府や市からの指示などが出たら別ですが、やるという事でおりましょう!」とのお返事で、その時は、まあ大丈夫、出来るだろうと考えておりました。

3週目に入り、チケットを買われてるお客様から、直接連絡を頂くこともでてきました。
コロナですが、どうなりますか?中止ですか?との問い合わせも増えてきましたが、基本的にはにはやろうと思いながら練習に励んでおりました。
お世話頂いてるONC(大阪灘クラブ)からは、「当日、万全の準備をしてやりましょう。マスクや消毒液の準備、手配はしておきます。」との心強い連絡も頂いておりました。

コロナの事だけでなく、本番が近づくにつれ、色んな準備に追われ、家と稽古場を往復するだけの毎日で、家には寝に帰るだけのようになってきていました。
準備に追われ、寝る間もなく、気づいたら食べることも忘れて・・・
そういえば、昨日稽古に行く前にご飯を食べて以来、今朝まで何も食べてなかったなあ、と翌日、稽古に行く途中に気づき、途中で食料を買い、稽古場でご飯を食べるという日もありました。目まぐるしく時間が過ぎ、忙しすぎると食べることも忘れてしまうような日が本当にありました。

そんな具合で、2月に入ってからは、あっという間に時間が過ぎていきました。


☆3作品の楽譜、この3冊を常に持って稽古に通いました